本を読んだり、読まなかったり

509 夏目漱石 『こころ』 新潮文庫

まずこの超有名な小説の批評史が面白いらしい。なんでも、ある時期までは江藤淳を始めとする批評家に「日本の知識人の苦悩を描いている」と絶賛されていた。新潮文庫の解説として江藤淳の「漱石の文学」が入っているが、「近代の影の部分を最初に洞察した作家」と高く高く評価している。ところが、70年代になると、この小説の同性愛志向が指摘され始めたらしい。(詳しいいきさつは知らない。土井健郎の『甘えの構造』は1971年だけど、ひょっとしてこれがきっかけなの?) 同じく70年代の橋本治もこの小説を「ホモ丸出し」と評している。そんな劇的な展開をとげた批評だけれど、いま現在はどんなことになってるのか、勉強不足でわたしは知りません。

で、わたしの感想。前半ぐらいは「なんて幼稚な男たちなんだろう」と大いにあきれた。「先生とどうしたこうした」ばかりでひどくつまらなかった。主人公の大学生が海岸で見かけた年上の男性を「先生」と慕う様子はたしかに同性愛的であるけれど、それよりもむしろ幼児的だと思う。(だいたい、年上の人を先生と呼ぶ癖があるなんてのも変な話だ。)また「先生」の手紙での告白も、「先生」のやることなすことやたらと幼稚だ。幼稚な内容が重々しい言葉で語られるのが妙な感じだった。

ただ、三角関係になってからの展開は、「あーあ、ほんとどうしようもないヤツだよ」と思いながらも引き込まれる。恋敵の男の告白を聞いた翌日に相手の母親に「お嬢さんをください」と言っちゃうなんて、もうほんと、どうしようもない。バカじゃないの。読者の99%はその行為の愚かさにあきれるだろう。だけど、人間が切羽詰まってやることって、こういう愚行が多いのかもしれないよねぇ。それを責めることはできないのかもしれないよねぇ。それからあとは、バカなことをやってしまって後で死ぬほど後悔する話として同情して読んだ。

橋本治がこの小説を「同性愛的」じゃなくてはっきりと「同性愛だ」とムキになって主張している点は、正直いって「そんなことどっちでもいいんじゃないの」と思う。作中で「先生」が「私」に対して、きみは異性を愛する前段階として自分が好きなだけなんだよと指摘しているのだから、「同性愛」は隠されているわけでもない。同性愛について必要以上に騒ぐこともないんじゃないか。むしろ、わたしは日本の(立派な)男の幼児性をもっと騒ぎ立てたい。幼稚な出来事が立派な重々しい言葉で語られているアンバランスが驚きだった。来るべき(来るのか?)男性学研究の材料として好適だと思う。そしてそういう作品を書く漱石って面白い作家だと思う。
[PR]
by tummycat | 2010-02-06 10:22