本を読んだり、読まなかったり

520 大江健三郎  『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』 新潮社

「ああ、またもやこういう話か」と思いつつ読み始めた。この人の「後期の仕事」は似たプロットの繰り返しである。そこに出る男性の登場人物たちはどれもたいへん似ている。女性たちは、まず家族(妻や妹、母)がいつものとおり基幹にあって、そこに特別出演する女性はそのときどきで違う設定なのだが、やはりどこか似ている。(と書いてみると、なんだか「寅さんシリーズ」みたいだ…。)特に『人生の親戚』のベティさん似の文学研究者と、今回の国際女優サクラさんはとても似ている。そして作者はこのような女性たちの心と身体に生きていけないほどのダメージを負わせるのだ。『人生の親戚』では、そのダメージはたぶんに作者自身の "predicament" と重なるところがあると感じさせるのだけれど、今度のサクラさんのケースはそれだけではない。主人公は若い頃にポーのアナベル・リーの詩の妖しい日本語訳に心酔し、アナベル・リーの面影をずっと大事に抱えてきたのだが、そのアナベル・リーはサクラさんと重なっていて、つまり幼いサクラさんに暴行したアメリカ人男性と作者自身が重なっている。サクラさんという女性の "predicament" を書きながら、主人公は彼女に暴力をふるった男性側に立ってもいるわけである。また彼女の側に立って書いているということは、作者として女性の登場人物を傷つけながら作者も暴力をふるわれ傷ついているようでもある。こういう矛盾した感覚は後期の作品に共通するものだけれど、今回のは加虐的な印象が強くて特にすっきりしない。あまり好きになれない。
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by tummycat | 2010-03-19 09:19