本を読んだり、読まなかったり

529  後藤明生 『謎の手紙をめぐる数通の手紙』  集英社

ずーっと前に地元の図書館で借りた本。読まないうちから家の中で行方不明になっていた。探しても探しても出て来ない。図書館に行って、ちょっと小田和正みたいな風貌のカウンターの人に、「本が行方不明なんです…」と訴え、「出ないと弁償になるので、もっと探してください」と小田和正的に極めて真っ当な返答を得たのだが、それでも見つからず、もうそりゃあ、あなた、隅々まで探して最後は猫ハウスのクッションの下まで探したんだけど見つからず、そのうち図書館から催促の葉書が来てしまい、最後には連休中にリュック背負って歩いて図書館に行って予約した本を借りようとしたら、「あなたのカードは貸出し停止」ときつく言われてしまった。いよいよ弁償か…。しかしその前にもう一度探してみようと思い、もう一度一番怪しい寝室を捜索。寝室のサイドテーブルの横になぜか正月用のミニお重2組が入った箱が置いてあるのだが、その奥からついに発掘された本である。いったいどれだけ性格の悪い本がそんな手の込んだ隠れ方をするのか、憤慨しつつ手に取ったら、後藤明生というまだ読んだことがない作家の『謎の手紙をめぐる数通の手紙』という小説だった。まったくクセのある本である。腹が立つから返却する前に読んでおこうと思い、読んでみたらこれがあなた、なんだかダラダラと余計なことばかり書いているわりに、唐突に終わってしまって、いったい結局何だったのかよくわからない。きょとんとするんだけど、でも考えてみたら現実世界でわたしたちが経験することって、こんな風に全体像がわからず部分部分だけやけに詳しく知っていたりする、そんなもんだと思う。それに比べて、通常の小説というものは、ちゃんと読者の興味をひく導入部があったり、起承転結風で、最後は感動的なあるいは非感動的なしめくくりがあったりして、予定調和的すぎるのだ。そうだ、小説ってのは不自然なんだぞと、この小説を読んで思った。それで、どうしてお正月のお重の箱が5月になってもしまわれていないのか、なぜ寝室にあるのかについては、これはやっぱり大きな謎であると思うのだが。
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by tummycat | 2010-05-16 07:47