本を読んだり、読まなかったり

537 都築響一 『夜露死苦現代詩』 新潮社

「今の現代詩はさっぱりわからん。読者を置いてきぼりにして自己満足の詩を書いている」というのが著者の主張みたいだ。「どうせわたしは頭わるいので難しいこと書かれてもわかりませんから」とか、「T. S. Eliotを原語で読むなんてできませんから」とか、かなり恨みがある口調。読者を無視した現代詩に対して著者が言葉が生きていると褒めるのは、痴呆老人の言葉とか、池袋母子餓死事件の日記とか、エロメールの文章とか、キャバレーの呼び込みとかだ。たしかに例として引かれている文章はインパクトがあり、読んで楽しかったり、斬新だったりする。ひどく余韻が残る奇妙な言葉もあった。また現代詩は読んでもちんぷんかんぷんというこの人の苦情もわかる。でもだからって最後の例として相田みつをのことを「こんなにもみんなに愛されている詩人なのに文学と認めないのはけしからん」みたいなことを言われてもなぁ。詩とは何かを定義するのはたいへん難しいけど、「詩」と「詩っぽいけど詩でないもの」の違いはたしかにあるとわたしは思うので。それと、どうも日本では詩というと「ピュアでストレートに心に飛び込んで来るもの」というイメージがぬぐいがたくあるみたい。頭で考えるものじゃなくてハートで感じるものという決めつけがあるみたいなのだ。ハート至上主義なんだよね。
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by tummycat | 2010-06-30 07:37