本を読んだり、読まなかったり

554 チェスタトン 『木曜日だった男:ひとつの悪夢』 南條竹則訳 光文社

リゾート本、2冊め。非常に変わった小説だ。こんなの今まで読んだことがない。そしてこの本をこの訳者が訳しているのはなんとなく納得だ。

「日曜日」と呼ばれる男にいろんな男たちが惹きつけられている様子が一番面白いのだが、この「日曜日」はまずすごく肥った大きな男である。そして彼について男たちはそれぞれ違う表現をするのだが、ひとことでまとめると「彼は宇宙である」ということ。「神であり、獣である」ということ。

男たちは日曜日について語る。

「あいつが好きなのは、あんなに肥っていて、あんなに軽いからなんだ。ちょうど気球のようにね。」

「僕にはそれが日曜日の謎だったし、この世界の謎でもある。恐ろしい背中を見ると、気高い顔はただの仮面にちがいないと思う。ほんの一瞬でも顔を見ると、背中はただの冗談だということがわかる。悪いところはすごく悪くて、良いところは偶然にすぎないとしか思えない。」

「おまえがはじめから僕らの父親であり味方だったのなら、どうして僕らの最大の敵でもあったんだ?」

それから日曜日はleapする(跳ねる)のである。

こういう宇宙の描き方はこの時代(20世紀初頭)の文学作品にすごく出てくるように思う。たとえばT. S. エリオットとか、イェイツとか。また跳ねたり飛び込んだりの動作もよく出るのだ。

それから面白いのは中心人物が非常に肥った男であること。肥って大きくてしかも軽い。文学作品で中心人物が肥っていることは珍しい。肥っていることが単に醜いこと、だらしがないことではなく、不思議な魅力であることが面白い。思いつくのはレイモンド・カーヴァーの短編ぐらいだ。

で、チェスタトンの写真を見るとまさにそういう肥った男なんですねぇ。
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by tummycat | 2010-10-04 13:36