人気ブログランキング | 話題のタグを見る

本を読んだり、読まなかったり

555 アガサ・クリスティ 『春にして君を離れ』 中村妙子訳 早川書房

リゾート本、3冊め。普通の推理小説だと思って買ったのだが違った。たぶん今年一番の感動ものだった。

と言っても、これを読んで感じる人は非常な衝撃を感じるだろうが、感じない人は全く何も感じないと思う。家族持ちの女性はショックを受ける人が多いだろう。家庭の中で女は支配者になりやすい。家族思いで控えめでやさしい女に見えても、実は家族を支配している。なぜ支配できるかという理由がこの小説に書いてある。実は、その女は人の痛みに鈍感であるから。想像力がなく、頭が悪いからだ。また、家族はそのような女に対して反発を感じるのだが、同時に無意識に支配されたいという欲望を持っているのかもしれない。

この小説の女性は、砂漠の真ん中のレストハウスで事情により何日も足止めされ、読む本もなくなり、嫌でも自分とまわりのことを考えさせられる。その結果、「内的ビジョン」を見る感動的な瞬間がおとずれ、彼女の人生は遅まきながら新しく始まるように見える。

その後の展開がいい。クリスティはすごい。(漱石の『坑夫』の最後のアンチ・クライマックスな展開にも通じるところがある。)

実は、これを読んでいたわたしも、何もない沖縄のリゾートホテルにいて、しかも持ってきた小説が少なすぎ、主人公と似たような状態だった。結果、読みながら主人公と同時に似たような体験をする貴重な読書となってしまった。

解説では栗本薫が「哀しく、また恐ろしい本だ」と書いている。自分にとって「永遠に苦い切ないバイブルである」とのこと。同じように感じる女性は少なくないだろう。
by tummycat | 2010-10-07 11:21