本を読んだり、読まなかったり

598 谷泰 『カトリックの文化誌』 NHKブックス

エイブンガクを勉強しているとどうしてもカトリックの知識が必要になる。簡単にカトリックについて勉強したくてこの本を注文してみたが、文化人類学的なアプローチが刺激的で予想以上に面白かった。

著者はキリスト教を地中海沿岸の諸宗教との関係で考えている。たとえば諸宗教が儀式で毎回、犠牲の動物を使うのに対して、キリスト教はイエスの1回の受難がそれに相当するという。しかしカトリックはミサで毎回、キリストの犠牲をくり返しているともいえる。またキリストを裏切るユダはキリストに接吻するが、これは諸宗教の犠牲の儀式において参列者が犠牲獣にさわって自分の汚れをその獣に移すしきたりと同じである。このあたり、読んでいて目からウロコ的に新鮮だった。形式において毎回の犠牲を残しながら、実際の犠牲はたった1回限りとしたことで、キリスト教は他の世界にも受入れられ、広まっていったと著者は言う。ただ、犠牲の儀式を採用した結果、信者はいつも教会に行かねばならず、信者と神の直接の交渉はなくなってしまった。

もうひとつ、他の世界宗教と比べたときのカトリックの特徴は「オルギー」がないことだ。オルギーとはたとえば神道なら共同飲食、ふるまい、無礼講のようなもので、いわば言葉を介さずに人間が神に近づくシステムである。カトリックはこのオルギーを持たないので、神とのコミュニケーションには常にロゴスが必要になった。そのためより広い範囲で信仰されることが可能にもなった。

ついでに面白いと思った点をメモすると、信仰と科学の関係だ。キリスト教を信仰するヨーロッパで近代科学が発達したので、唯一神の信仰が科学を発展させたと考える人がいるが、そうではないと著者はいう。一神教がより徹底したイスラム教ではそれほど近代科学は発達していないからだ。キリスト教はむしろ一神教が徹底されていなかった(マリアや聖人崇拝がある)ために、科学という体系的なものの挑戦を受けたとき、自身の不徹底さを認識し、危機として受け止めたので、逆に思想的にダイナミックに発展できたと著者は言っている。
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by tummycat | 2011-07-08 09:03