本を読んだり、読まなかったり

120 「特別対談 再びのヨーロッパ」 加藤周一、池澤夏樹 (文学界2004年新春号より)

図書館から借りてきた少し前の雑誌。そのうち本にもなるだろうけれど、それまでの自分の覚書として書き写す。(適当に要約しています。)

池澤:ギリシャにいるときに遺跡を訪ねて楽しかった。その楽しさの半分は日本の外にいることの解放感だった。自分の場合、日本という国となんとなく相性が悪い。積極的に自分というものを展開できない。ヨーロッパに行ったら、つっかえがとれて自分らしい自分に戻れたという気がした。【その感じ、わかる】
外国では言いたいことをきちんと言って、それが通じるかどうかだけの勝負になる。

池澤:須賀敦子が伝えてくれたのは、ヨーロッパのある種の人たちは、人はそれぞれに力を尽くしてよりよい生を生きるべきであるというひとつの信念があるということだ。それは宗教的な場合もあるし、神なき思想の場合もある。

加藤:ヨーロッパの二流市民にはなりたくないと思ったわけです。たとえ受入れられても二流英国人とか二流フランス人はごめんだ。対等で勝負したかった。それには日本人の立場に立ってするよりしかたがない。【ここのところ、面白いと思う。ある意味、意地なのか。森有正と対照的。】しかし、もう一方で、もっといてもっと学びたいなら帰らない方がいいと思った。自分が本当に知りたいことを知った、学んだと思えば帰ればいいと思った。

池澤:日本人は「日本は特別なところである」というふうに自分たちの文化を理解して孤立してきた。言いがたいところに日本語・日本文化の値打ちがあると考えている。
加藤:日本語でも曖昧でなく書けると思う。不明瞭さは日本語の本質じゃなく使い方の問題だ。【ここらへん、激しく同意】

池澤:日本人はこれまで日本の中だけで通用する話をずっとやてきた。それと同じ理由で、いまでも日本人は国外のことに非常に関心が薄い。携帯電話を改善したりするのはうまいが、内へ内へと向いて、外を見なくなっている。イラク戦争でも日本の大きなメディアからは誰もバグダッドに来ていない。
加藤:自分は政治的な話を好きでない。情報が不十分だからだ。ものを綿密に考える習慣と政治に関する発言は相容れない。
池澤:政治はタイムリミットがある。すべてが明らかになってから発言しようとしてももう遅い。ある程度見切り発車の必要あり。
【どちらの意見も一理あり。いろんな文学者がいていいのだと思う。一見政治的な発言も、うしろには文学があるともいえる。誰の発言であっても、政治的な発言には「完全に正しい意見」はありえない。】
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by tummycat | 2004-06-01 00:00 | か行