本を読んだり、読まなかったり

162 「歴史をかえた誤訳」 鳥飼玖美子著 (新潮文庫)

かつて花形同時通訳者であり、今は大学の先生になって通訳学のようなものを教えている鳥飼さんが主に政治のトピックを中心に、過去に問題となった通訳の事例を解説したもの。わたしはこの本を読み始めるうちに非常に落ち着かない気分になってしまった。三流通訳を続けてきた自分としては、通訳が困った立場に立たされた事例を読まされると、自分の似たような経験やジレンマを思い出してしまうのだ。

 本に挙げられている事例のうち、政治を舞台にしたものは殆どが通訳が悪いというよりも発言した日本人政治家の問題であるケースが多い。特にニクソン大統領と会談したとき佐藤首相は「話は三割、あとの七割は腹芸でいきましょう」と提案したとのことだが、こんな政治家は論外だ。

 政治の場面はもちろんのことだが、大事な話を通訳を使ってする場合は、通訳を使う者がかならず「誤訳はありうる」ということを念頭に置いて使うべきだ。(誤訳とは通訳の能力だけを言うのではない。音声の聞き取りや、文化の違いや、発言者の日本語の質の問題なども含む。)つまり、大事なポイントは必ず言葉を変えて確認すべきなのだ。

 ところで鳥飼さんは会議通訳を長くやっていた人だから「通訳はいつでも中立で正確な通訳をすべし」とおっしゃるが、商談の通訳では必ずしもそれは鉄則ではないとわたしは思う。

 最後にわたしも自分のこれまでの三流通訳の仕事で、びっくりするような出来事もあり、いつか駄文としてこのサイトに書いてみたいと思っていたのだけれど、この本には「知ってしまったことは墓場まで持っていくのが通訳の倫理」と書いてある。何年かたったら時効かと思っていたけれど、そうかぁ、墓場までかぁ。
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by tummycat | 2005-01-17 00:00 | た行