本を読んだり、読まなかったり

289 吉田健一「瓦礫の中」 新潮社

わおわお、ものすごくひさしぶりの吉田健一。(この人のことをヨシケンなんて気安く呼ぶ人をときどき見かけるけど許せんと思う。)とにかく読み始めると彼の世界に浸ってしまうので要注意。今回もこの小説だけ読んでおしまい。あとはまた数ヵ月後に読むのだ。

吉田健一っぽい主人公が焼け野原になった東京で、淡々と優雅に暮らしていく様子が素敵な小説だ。なにせ、彼と奥さんは防空壕で暮らしているのだ。最初はまわりじゅうずっと焼け野原で、知り合いの家(これも防空壕)から帰ってくるのも、その姿がずっと遠くから見えているというのが新鮮。丸裸になった東京。

そのうちまわりに家が建ち始めるのだけれど、それでも夫婦はなんとなく防空壕で暮らしている。終戦後のあの頃、なんとなくみんなお腹をすかせていたイメージがあるけれど、それは事実ではなくて、闇市には物資が豊富にあったのだそうだ。夫婦は小麦粉を買ってパンを焼き、バタを塗り、イギリスの紅茶を入れて食べる。防空壕で。気品とか贅沢とかスタイルというのはその人の心の中にあるものなのだとしみじみ思う。憧れる。

東京大空襲は悲惨な出来事だったし、この夫婦だって命の危険があったわけだが、それでも淡々とした日常だったと主人公は言う。そういうまなざしもあるのだ、と思う。大多数の人たちが嘆き、騒ぎ、絶望する状況でも、静かに落ち着いて生きる人というのはきっといつの時代もいるのだ。
[PR]
by tummycat | 2007-01-05 17:03 | やらわ行