本を読んだり、読まなかったり

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696  関川夏央 『昭和三十年代演習』 岩波書店

むかーし読んだ『ソウルの練習問題』を思い出させる書名。(ソウルもあの頃から随分変わってるだろうなぁ。)

この本は昭和30年代を描いた小説や映画について論じているもの。語り口調で書かれていて、途中には編集者との対話も入る。読んでいて意味を取りづらいところもあって、もうちょっと丁寧に書直してほしかったという気がした。でも内容はたいへん面白い。昭和30年代というのはわたし自身の子供時代なので。

面白かった点を以下にメモ。

*昭和30年代は明るかったという記憶があるが、記憶は作られる。戦争が終わったあと、戦争前の時代をなつかしむはずなのに、それは自主規制された。

*よく登場する空き地(コンクリート管があったり、子供が遊んだ)は空襲の焼け跡の名残り。

*フォーク・クルセダーズの「イムジン河」のレコードが発売禁止になったのは、朝鮮総連(当時は暴力的な圧力団体だった)がこの曲は北朝鮮で作られたと主張し、国名や作詞作曲者を明記せよと迫ったから。レコード会社は面倒を避けて発売禁止とし、放送局も放送を自粛した。

*戦前の鉄道運輸は戦後よりはるかに国際的だった。東京発下関行の寝台特急は下関から関釜連絡線に接続し、朝鉄、満鉄、シベリア鉄道と連絡して、ベルリン、パリ、ロンドンと結んでいた。

*昭和30年代の子供たちは「世界再参加」を痛切に望んでいた。東京五輪を歓迎した。【ここがわからない。子供がそんな意識をするものだろうか。わたしはしなかったです】

*昭和38年11月23日、アメリカから史上初の衛星中継テレビ放送が行われる予定だった。テキサス州遊説中のケネディ大統領が宇宙中継で日本にメッセージを送ることになっていた。最初に出たのはボール紙にマジックで書かれたメッセージだった。「大統領が狙撃されて死亡した」とのこと。

*大ヒットした「愛と死をみつめて」の原作は、同志社の社会学科の女子学生と中央大学商学部の男子学生の往復書簡。女子学生が亡くなった翌月(!)に男子学生が手紙類を出版者に持ち込んだ。それを読むと、女子学生は母のように自分の死後の男子学生のことを心配し、励ましていた。この本が流行ったのは、単に難病ものだったからではなく、女性が中心、母親が優先という日本文化の本質的なものが出て来たからではないか。

*北朝鮮は一時は「地上の楽園」だと噂されて在日の人は喜んで帰国した。しかし行ってみたら食糧もなく着るものもなくて、大変な楽園だった。帰国者たちが日本にいる知合いに「こちらに来るな」と連絡したのだが、検閲があるので文面を工夫して知らせた。まもなく帰国希望者はいなくなった。
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by tummycat | 2013-09-17 11:37